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聖域を離れての任務は無事終了した。同行した二人の部下のうち、一人は軽傷だが負傷したので、任務完了の報告を携えて先に戻した。細々とした後処理を手伝ってもらうため無傷だったティソナを残したのだが、思いのほか手間取ったため、すべてが終わったときはずいぶん遅くなっていた。
聖域へ向かって出発して間もなく、滝のような雨が降り出した。雨の強さゆえ、すぐやむ通り雨かと思ったが、次第に強くなってきた。ちょっとした嵐にぶつかってしまったらしい。眼下に猟師の狩小屋があるのが目に入った。エルシドは前進を止め、そちらへ向かった。戻って戻れないことはないが、聖域まではまだ結構ある。黄金聖衣の自分と違い、ティソナはほぼ全身が雨に打たれている。任務の後の疲労もある。任務は無事終了したことでもあり、雨が上がるまで留まっても大過はあるまいとエルシドは判断した。
狭い小屋だった。テーブルが一つといすが一脚、寝台に使っているのだろう干草と毛皮の山があり、棚が作ってあって保存食料も置いてあるようだった。食料は使うつもりはなかったが、小さな暖炉があり乾いた薪が置いてあった。そちらはあとで補充することにして、使わせてもらうことにした。
「上がるまでしばらくかかりそうだな」エルシドは窓から外を見ながら言った。
「そうですね」
ティソナはやや震えながら火を焚く支度をしていた。一緒に先に戻すべきだったか。後処理を手伝ってもらってずいぶん助かったのだが。雨の音が響く。
ことり、と小さな音がした。エルシドは振り向いて、目を瞠った。ティソナが仮面をはずしてこちらを見ていた。女聖闘士が仮面の下の顔を男に見られること。その意味は二つしかない。その相手を殺すか、それとも――。
「聖闘士としてずっと尊敬していました。部下にしていただいて、すごく嬉しかったです。でも、いつの間にかそれだけでは…」
ティソナはうつむきながら、小さな声で言う。七年ぶりに見る、その顔。強い意思を込めて見つめてきた幼かった少女の顔は、その面影を残しつつ、きれいな若い娘の顔に変わっていた。聖闘士として常に技の鍛錬に励んでいる熱心な態度。危険にさらされた者たちのところにいつも真っ先に飛び込んでいく果敢さ。どれも好ましく思っていたものだったが。
エルシドはヘッドパーツをはずして机の上に置いた。意を決したように顔を上げ、真っ直ぐ見つめてくるそのひたむきな瞳。言っておかねばならないと思った。俺たちは聖闘士だ。平時ならいざ知らず、今はまさに聖戦が始まりつつある時。聖闘士は、特に聖戦のために揃い、戦いの要である黄金聖闘士は、おそらくこの戦いでほとんどが死ぬことになるだろう。決して死ぬために戦うわけではないが、ハーデスとの戦いは苛酷だ。安易な未来の約束などはできはしない。
「俺はお前に何も与えてやれん。何も残せん」
「そんなこと…!」
見返りなど求めない。わかっていると。自分も聖闘士なのだからと。昔と変わらない、強い意思を込めた瞳でこちらを見据える。そっと手を伸ばしてティソナの頬にふれる。先はわからない。それでも許されるか? 束の間の、安らぎの時を得ることを。
「…それでもいいか?」
張り詰めていた顔に、信じられない、という表情が浮かぶ。そして、まるで花が開くように、満面に喜びが広がる。
「…はい」
一時かもしれない。だがこの気持ちを分かち合いたい。
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蛇足な解説。
エルシドはもちろん、ティソナも、聖闘士であることがまず基本にあります。だからもし、聖闘士をやめて一般人に戻って夫婦として暮らせるという選択肢があったとしても、二人ともそれは選ばないと思います。
ティソナは待っていたり守られていたりするだけの生き方を是としない、愛する人とは同じ所に立って、ともに戦い歩んで生きたいと思う子として書いたつもりです。そして自分に「力」があるのがわかっているのなら、それを活かす生き方がしたいと。
聖戦の中での聖闘士の生は厳しいですが、覚悟を持って。
2008年頃に、ひょんなことで車田正美の漫画『聖闘士星矢』にはまる。漫画を読了後、アニメもOVA・TV版・映画版と観て、ギガントマキア・ロストキャンバス・エピソードGなどのスピンオフ作品にまで手を伸ばす。
トータルでの最愛キャラは車田星矢の黄金聖闘士、双子座のサガ(ハーデス編ほぼ限定)なのだが、このところ何故かロストキャンバスの山羊座の黄金聖闘士エルシドにはまっている。全然タイプは違うのだが、格好良さに惚れた。
二次創作は読むことはあっても書くことはないと思っていたのだが(いやかつては読むこともしなかったのだが)、とうとう禁?を破ってこんなことに。
このサイトは二次創作に特化させた「エルシド別館」なので、ロストキャンバスの新刊の感想等はこちらの「本館」のブログのカテゴリー「聖闘士星矢」を参照されたい。
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