久しぶりのうちのカップル話(×オリキャラヒロイン)。
全然たいしたことないけど、若干流血描写あります。
いつも思うけど、エルシドの戦闘シーンって、手加減しないとえげつないスプラッタだよね…。
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ティソナが磨羯宮に入っていくと、エルシドは分厚い紙束の書類をめくっていた。
「あ、お仕事でしたら…」
「いや、すぐ終わる」
遠慮しようとしたティソナの言葉にかぶせるようにエルシドが言った。邪魔はしたくなかったが、帰ってくれるな、というエルシドの言外の願いが嬉しかった。次の任務の資料だろう。ちらと目を走らせたが、ラテン文字でギリシャ語でないことしかわからなかった。内心ため息をつきながらティソナは厨房に向かう。
弱めにした火で、ゆっくり湯を沸かし始めた。持ってきた茶うけの菓子も少し温める。ほどなく居室の方から紙をまとめる音が聞こえてきた。ティソナは沸かしていた湯を火から下ろし、茶を入れる。エルシドはペンを取って最後に紙にさらさらと何か書くと書類の紙束と一緒にして机の脇に押しやった。
「すまん、待たせたな」
こちらを見て、わずかに目元を和ませる。それが嬉しそうな表情、笑顔だということもわかってきた。
「いいえ」
ティソナも自然に顔がほころぶ。エルシドの笑みが深まる。
「うまいな。これは?」
ティソナの持ってきた菓子をつまみながらエルシドが言った。エルシドは意外と甘いものもよく食べる。聖闘士は体を酷使する。体が疲れているときは甘いものがおいしく感じられるからかもしれない。
「私が作ったわけじゃないのが残念です。アテナ様の慰問にお供して行ったときに、村の人たちからもらったものをお裾分けしていただきました」
「そうか」
そんな他愛無い会話が交わせることが嬉しい。
「汚してしまうといけないのでどけますね」
ティソナは先程までエルシドが読んでいた紙束の書類を壁際の棚に移した。ばらばらになりかけた古い書物のようだった。
「…これは、どこの言葉ですか?」
「ああ、それはラテン語だ。今では書物の中でしか使われていないが、古い書物はラテン語のものが多いからな」
「難しそうですね」
ティソナは思わずため息をもらした。知識の面でもまだまだエルシドに追いつくにはほど遠い。
「習いたければどこかでキリスト教の聖書を手に入れてくるといい。ラテン語はもちろん、ギリシャ語や各国の言葉のものが比較的簡単に手に入るから比較しながら読めるだろう」
「…エルシド様の故郷の言葉もですか?」
「スペイン語のか? あるだろう。ああ、スペイン語なら、」
エルシドは書類を置いた棚の下のほうから、小さな本を取り出した。
「これが何だかわかるか?」
「あ、おとぎ話の――ですね」
小さい子どもの教育用らしい、絵の入った本だった。書いてある文字は読めなかったが、絵で物語が追える。この話なら知っている。
「この前、俺の故郷の近くに行ったとき、ある子どもが礼にとくれたものだ。俺が子持ちに見えたのかもしれんが」
ちょっと不本意そうに付け加えたその様子にティソナがくすりと笑うと、エルシドも苦笑して続けた。
「大事にしていたもののようだから、精一杯の感謝の印だったのだろう。言葉を覚えるのにはそういうものの方がいいかもしれん。俺が持っていても、ここで埃をかぶるだけになってしまうしな」
「え、いただいてもいいんですか?」
「ああ」
決して新しくはない、だが大切にされていたらしい小さな本。エルシドはそのときのことを思い起こした。
*
五・六人の冥闘士が我が物顔で村の中をのし歩いていた。その手先は、すでに自分たちのものではない血に染まっていた。
「お、聖闘士だぜ」
「単独で来るとはバカな奴よ!」
エルシドは無言で進み出ると腕を一閃させた。容赦のないその一撃は、そこにいた冥闘士たちの胴を、腕を、足を、首を断ち、一瞬でただの血まみれの肉塊に変える。
「まだいるか…」
エルシドはつぶやくと冥闘士の小宇宙が感じられる方へ急ぐ。自分の小宇宙を隠そうとしていない、力に自信がある者のようだ。
大柄な冥闘士の姿が目に入る。その前に倒れながらも相手を必死に睨みつけている一人の少年。足元に、技の衝撃か何かで抉られたくぼみがある。そこに足を取られたようだ。
「さあ、これで終わりだ!」
冥闘士が深く息を吸い込んでその身をそらす。まずい…!
エルシドは少年の前に飛び込み、冥闘士の放った衝撃波を全身で受け止めた。
「…ッ」
黄金聖衣が大部分の衝撃を吸収してくれたが、聖衣の下の体にもダメージがくる。聖衣の隙間から血が吹き出して飛び散った。後ろで少年が息を呑むのが聞こえる。
「おや?」冥闘士はにやりと笑った。「何か一匹うろちょろしてやがるな」
鈍重な動きで攻撃をかけてくるのをわずかに動いて受け流し、エルシドは返す刀で冥闘士を薙ぎ払った。子どもの目の前だ。体を分断しない程度に手加減し、倒れたところでとどめの一撃を入れた。絶命したのを確認し、少年を振り返って尋ねる。
「大丈夫か」
「うん…って、あんた、さっきひどい怪我したんじゃあ…!」
「大したことはない。心配は無用だ」
冥闘士の体から冥衣が離れ、何処かヘと飛んで行く。先程の場所のあたりからも同じように黒い光が幾筋か飛んで行った。村人たちがおそるおそる近寄ってきた。
「あちらの広場のはあんたが…」
「そうだ。そこに倒れている奴も一緒に焼却してくれ。もし復活したとしても、ここに戻る体がないように」
冥衣のなくなった冥闘士の顔は先刻までの禍々しさはほとんど感じられず、まるでただの人間のようだったが、村人たちはおっかなびっくり冥闘士の体を運んで行った。
「えっと、ありがとう」
ぼそっと少年がつぶやいた。
「いや。怪我はないか」
「うん」
「それは良かった」
エルシドがうなずいて踵を返そうとしたとき、少年が引き留めた。
「待って…!」
家に駆け込むと、少年は慌ただしく家の中を見回した。小さな、決して裕福ではなさそうな家には、もとより大したものはない。少年はふいに思いついたように部屋の片隅に行くと、何かを持って戻ってきた。
「これ、お礼だから」
小さな子ども向けの本。
「これは…お前の大事なものではないのか」
「うん、まあ。でもよく読んでやった妹は先月父さんと母さんと一緒に流行り病で死んじゃったし、俺も来月から隣町の伯父さんの親方の所に行くことになってるから。もう絵本を読む年じゃないし」
せいいっぱい強がって言う少年に、エルシドはその肩に手を置いてうなずき、黙ってそれを受け取った。
*
「そんなことがあったんですか」
エルシドの話を聞いたティソナはつぶやいた。
「ああ。そういえば俺も子どもの頃に同じ本を読んでもらった記憶がある。少し懐かしいな」
「…!」
エルシドの部屋にはほとんど私物はない。まして子ども時代のものなど。今書棚にある本も、ほとんど任務のために人馬宮か宝瓶宮から借りてきたものだという。
「大切にして、勉強します」
ティソナは礼を言って本を受け取った。早く大人にならなければならなかった、二人の少年の思いとともに。
「わからないところがあったら聞きに来い」
「はい」
決して届かない黄金聖闘士の高み。それはもう、わかっている。それでも、少しでも、共にいて恥ずかしくないように。
優しく触れてくるその手に、ティソナはそっと、もう何度目になるかわからない誓いを新たにした。
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疲労には糖分がいいんだよ。
18世紀のお茶うけ菓子ってどんなだ?
スペインの人はホットチョコレートが好きと老師にお聞きしたことがありますが、18世紀だとどのくらいお菓子とかこの手の嗜好品は一般庶民に普及していたのかなあ。
ちなみに、蜂蜜を使った焼き菓子とかは古代ギリシャの頃からあるって。よっしゃあ。それなら何でもありでOK?
また使ってしまった語学ネタ。ギリシャ語もスペイン語も全くわからないので気の利いた言い回しとか出せませんが。
グーテンベルクの印刷術は15世紀だからOK、スペイン語聖書は16世紀、と。絵本は17世紀中頃以降と微妙ですが、何とか。絵本ネタも二回目かな。
聖闘士さんて、クリスチャンじゃないよね?
エルシドは、子どもには「おじさん」って言われるタイプだろーな。そしてシジフォスは「お兄さん」(笑)。
冥闘士が復活することは原作2年前の時点では知られてないような気もするけど。
あと冥衣はハーデスのもとに還るのか?とかも気になりますが。
復活するとき、ギガントたちはハーデス城の壁から、ビャクさんたちは死んだその場から、と違いがありますが、いずれにしても冥衣がそこらへんに残っていない方がいい気がしたので。
私は好きキャラは格好良く、ストーリーはハッピーエンドやらぶらぶが好みなんですが、自分で書いていると何故かよく死にネタになる気がする…。今回も色気は少ないなあ。これからというところで終わり!
無口なエルシド様を格好良く書くのは、やっぱり難しいです。
戦闘シーンをあんまりこと細かく書くとえぐいしね…。
2008年頃に、ひょんなことで車田正美の漫画『聖闘士星矢』にはまる。漫画を読了後、アニメもOVA・TV版・映画版と観て、ギガントマキア・ロストキャンバス・エピソードGなどのスピンオフ作品にまで手を伸ばす。
トータルでの最愛キャラは車田星矢の黄金聖闘士、双子座のサガ(ハーデス編ほぼ限定)なのだが、このところ何故かロストキャンバスの山羊座の黄金聖闘士エルシドにはまっている。全然タイプは違うのだが、格好良さに惚れた。
二次創作は読むことはあっても書くことはないと思っていたのだが(いやかつては読むこともしなかったのだが)、とうとう禁?を破ってこんなことに。
このサイトは二次創作に特化させた「エルシド別館」なので、ロストキャンバスの新刊の感想等はこちらの「本館」のブログのカテゴリー「聖闘士星矢」を参照されたい。
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