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敵のその男は、どこか本気ではなかった。聖闘士候補生崩れの、聖域からの脱走者。
「駄目だよ、女の子がこんなことしてちゃあ」
整った顔に、歪んだ薄ら笑いを浮かべた態度。だがさすがに聖闘士修行をしていた身、のらりくらりとしているようでも強い。幾度か間合いを詰め傷も負わせていたが、倒すには至っていなかった。互いに技を打ち合う中、わずかの隙を突いてティソナは相手の攻撃をかいくぐり、右腕を一閃させる。
「くっ!」浅かったか…!
相手の額からあごにかけて裂傷が走ったが、そこまでだった。
「くあ…」
傷を押さえて相手が下がる。初めて、その手の下から見える顔つきが変わった。
「この私の顔を切り裂くとは」
男の声が低くなる。そして先程までとは打って変わった激しさでの攻撃が来た。
「ぐっ…!」
右腕に激痛が走った。飛ばしてきた幾本もの短剣のうちの一本が腕に刺さり、後ろの木に体を縫いとめられる。聖闘士であれば厳禁の、武器を使った攻撃。しまった、と思ったときは相手が間近に迫り、その腕が動いていた。
仮面が地面に落ちる鈍い音が響いた。心が動揺した隙に、左腕を押さえられる。
「なんだ、結構かわいい顔をしているじゃないか」
身動きできないまま、相手の顔を睨みつける。
「勝負は預けておくよ。また会おう」
男はにやりと笑うと自分の唇に当てていた指でティソナの唇をなぞると、ぱっと手を離して跳び離れていった。
「待て…っ!」
ティソナが刺さった短剣を抜いて身を自由にしたときには、その気配は消えていた。かなりの手傷を負わせていたはず。それを癒すためにひとまず逃げることにしたのだろう。
「…っ!」
ティソナはぐいっと手で唇をぬぐい、傷口に口をつけて、あふれ出る血を吸い上げて吐き捨てた。近くを流れる川で口をすすぐと相手が去った方をじっと見つめた。落ちていた仮面を拾い上げて握り締める。まだ血が流れ出している右腕の傷から激しい痛みが突き上げてくる。だがそれ以上に耐え難いまでの屈辱感が身を苛んでいた。
「教皇様、お願いがあります」
「何だ」
「先日、敵を一人、取り逃がしました。その捜索にしばらく専念させていただきたく」
「それは構わんが、一人でよいのか」
「はっ。むしろ他の者には追わせないでいただきたいのです。私一人で片をつけたいので」
「あまり私情に捉われるのは危険だと思うが。特にその腕では」
教皇は吊られている腕を見て眉をひそめた。
「心得ております。ですが私の不始末ですので」
「わかった。好きにやるがよい。だが無理をするでないぞ」
「ありがとうございます」
利き腕が使えない状態では戦いにくい。必殺技でなくても、主に右腕で技を放っていたことが思い知らされた。それにただぶら下がっているだけの腕は思いのほか邪魔になって戦いにくさを助長する。
「あれ、ティソナ、どうしたの?」
ぎごちなく左腕を使った鍛錬をしていたティソナを見て、ラスクが驚いたように問いかけてきた。
「ちょっと、ね…。ああ、しばらく私は単独行動するから、エルシド様に会ったら伝えておいて」
「うん、いいけど」
ティソナはラスクに背を向けた。今は仲間たちに、いや、特にエルシドに会いたくなかった。自分の不覚。それを片付けるまでは。仮面の下でティソナは唇を噛みしめた。必ず自分の手でしとめてみせる。必ず。
相手はなかなか現れなかった。ティソナは各地を走り回ってその消息を探した。出会った人々は首を振りながら、ちらりと女聖闘士の吊った腕を見つめた。
そしてある日。
「ようやくまた会えたね。おや」
顔にくっきりと傷跡の残る男はだらりと垂れたままのティソナの右腕に目をやった。
「私の毒は効いたかな?」
「黙れ」
「そんなに怖い声出さないで。あのかわいい顔をまた見せて欲しいな。怖い顔をしてたら台無しだよ」
含み笑いとともに言う。
「そう言えば聖闘士の女子は顔を見せた男を殺すか愛するかしてくれるんだったよね?」
男が短剣を飛ばす。ティソナはかろうじてそれをよける。だが右腕の使えないティソナに男はあっという間に肉薄してくる。
「利き腕抜きで勝てると思っている? この前でも相討ちに近かったのに。君には私を殺せない。なら君は私を愛するしかないわけだ。私の顔をこんなにした責任を取ってもらおうかな」
ティソナの左腕を拘束し、その仮面を払う。
「ほら…」
男がティソナの唇を奪おうとした刹那。ティソナの右腕が動いた。男の首に一直線に手刀を突き入れる。驚愕の目を見開き、のどをつぶされたため声もなく、男がのけぞる。引き抜いた腕で、ティソナは男の首を落とした。
「毒だったとはね」
右腕を使わないようにしていたのは『囮』だった。噂を聞きつけるようにわざと目に付くよう腕を使わずに行動していたのだ。自分が有利だと思わせればきっとのこのこ現れるに違いないと思ったのは案の定だった。だがしばらく麻痺もしていたし、あやうく利き腕が使いものにならなくなるところだったのは本当だ。実際、偶然取った処置が功を奏し、毒を弱めることになっていたのだった。
「聖闘士には同じ攻撃は何度も通用しないということを忘れた?」
ティソナは仮面を拾った。
「…誰がお前など」
ついていた血と汚れをぬぐって顔につける。この顔を見ていいのは、一人だけなのだから。女聖闘士の誇りにかけて。
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女聖闘士の仮面の掟、どこまでが一般に知られているのだろう、とずっと思っている。LCでは13巻で耶人が「聖闘士の女子は仮面が掟」と言っているけど、その後まで知っているかははっきりしない。ちょっと顔を赤らめたりしているので知っていそうだけど。
無印で星矢くんは知らなかったよね。瞬ちゃんとジュネさんは…?
「聖闘士には同じ攻撃は何度も通用しない」、LCではあまり言われていなかった気がする。敵方にとっては、これは「反則」って感じだろうなあ。
毒蛇に噛まれたときは毒を吸い出すって老師にお聞きしたことがある。でも虫歯の人はやっちゃ駄目って。
(いずれにしても素人は本当はやっちゃいけないそうだ。)
シュラは両腕両足すべて「聖剣」使えるけど、エルシドは右腕一本なんだよね。利き腕取られてもその腕で闘っていたけど、聖闘士に神経痛めたりしたり「麻痺」とかってあるんだろうか。
スーパーミュージカルのDVDと、昔の映画5本立てのブルーレイディスクが来ました。
まだミュージカルの方しか見ていないけど、通し稽古で衣装とカツラはつけてるけどメイクしていないエリス様がただの女装おっさんですごかったです…(湯澤さん、ごめんなさい)。
ミュージカルはクリスマス頃に再演決定だそうです!
2008年頃に、ひょんなことで車田正美の漫画『聖闘士星矢』にはまる。漫画を読了後、アニメもOVA・TV版・映画版と観て、ギガントマキア・ロストキャンバス・エピソードGなどのスピンオフ作品にまで手を伸ばす。
トータルでの最愛キャラは車田星矢の黄金聖闘士、双子座のサガ(ハーデス編ほぼ限定)なのだが、このところ何故かロストキャンバスの山羊座の黄金聖闘士エルシドにはまっている。全然タイプは違うのだが、格好良さに惚れた。
二次創作は読むことはあっても書くことはないと思っていたのだが(いやかつては読むこともしなかったのだが)、とうとう禁?を破ってこんなことに。
このサイトは二次創作に特化させた「エルシド別館」なので、ロストキャンバスの新刊の感想等はこちらの「本館」のブログのカテゴリー「聖闘士星矢」を参照されたい。
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