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「すまんが、ジャミールに行ってくれんか」
「は、ジャミール、ですか?」
珍しく、エルシドは教皇の言葉を聞き返した。
「そうだ。あいにくと今頼める者がいなくてな」
ジャミールへの使いに黄金聖闘士が必要なときは、長ハクレイの弟子だったシオンが行くことが多いのだが、今回は別の用事で出ているという。
「お前も縁なきわけではないしな。頼んだぞ」
「はっ」
…ジャミールか。ちょっと嫌な予感がした。
ジャミールの長の館へと続く谷の上の道には亡者がひしめいていたが、エルシドはほとんど気にとめず通り過ぎた。やがて独特な形の館が見えてくる。
「よくわかった。教皇にはこちらを渡してもらいたい」
「心得ました」
用向きはつつがなく終わった。
「では、俺はこれで」
立ち上がろうとするのを、ハクレイが引きとめた。
「まあそう急ぐな。茶の一杯ぐらい飲んでいかんか。久しぶりではないか」
「はっ…」
まだ少女と言える若い女性がお茶を運んできた。仮面はしていないが服装や身のこなしはただの身の回りの世話をする娘とは思えない。
「これはわしの弟子のユズリハじゃ」
ユズリハは黙って会釈する。無口な少女のようだった。
「ときに、エルシド、最近何か良いことがあったそうじゃが」
ハクレイが楽しそうに聞いてきた。エルシドはため息をついた。そんなことではないかと思っていたのだ。おおかたマニゴルドあたりを発端に、弟君のセージ教皇から何か聞いたのだろう。教皇も何喰わぬ顔をしてお人の悪い…。
「どうした? こんなところにいると聖域の事情に疎くなってのう」
その気になればいくらでもつてがあるだろうし、御自身がやって来ることもあるのだが。だいたい聞きたいのは「聖域の事情」じゃないだろう…。何か言うとさらに突っ込まれる気がしたのでエルシドが黙っていると、
「長、黄金聖闘士殿はお忙しいんですよ。それにシオン様がいなくなられてから聖衣の修復もたまっています。長も遊んでいないでお仕事をしてください」
思わぬところから援護射撃が来た。
「なんじゃ、最近の若い者は敬老の心が足りないのう。二人して年寄りを楽しませようという気持ちはないのか?」
ハクレイがことさらに嘆いてみせた。期せずして二人のため息が重なる。
「やれやれ。…お前もずいぶん表情が豊かになったと思ったが、サービス精神はまだまだじゃのう」
エルシドが何とも言えない顔をする中、ハクレイはぶつくさ言いながら仕事に戻っていった。
ユズリハはエルシドを送りに出てきた。
「客人に、申し訳ありません。いつもはあんな人では…とは言えないのが心苦しいですが」
少女の物言いにエルシドは苦笑して答えた。
「知っている」
ユズリハは軽く目を瞠った。ハクレイが聖域の用事でたまにどこかへ出かけているのは知っていた。それが、ときには聖闘士となるべき子どもを迎えに行くのだとも。
「貴方は…」
「俺は山羊座の黄金聖闘士のエルシドだ」
では、黄金聖闘士のこの男もその一人だったのか。
「…私は間もなくここを出ることになると思います」
エルシドはつぶやくように言うユズリハの横顔を見た。
「おそらく私も聖域に行くことになるでしょう。弟子が一人もいなくなると長も淋しくなられるでしょうが…。もっともあの方がここにおとなしくしておられるとは思いませんが」
「そうだな」
二人は谷の入り口で別れた。
「ユズリハと言ったな。覚えておこう」
ユズリハはうなずいた。
「いずれ、聖域で」
ユズリハが聖域にやって来るのは、もうしばらく後のことである。そして、鶴座の白銀聖闘士が山羊座の黄金聖闘士の最期に立ち会うことになることを、二人はまだ知らなかった。
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ハクレイさんをもっと楽しいながらも味のある人として書きたいのだが。茶化しているようでふといいことを言う、みたいな。
「ユズリハ外伝」がいつのことか不明ですが、それより後のつもり。ユズリハが戦士になる決意をした後。
エルシドはハクレイさんが連れてきたという設定があるそうなので使ってみました。何歳ぐらいのときなのだろうか。子どもの頃? 聖闘士になる直前(16歳頃)? ハクレイさんには一応頭の上がらないエルシドさんとか。エルシドは目上の人や恩のある人にはきっと礼儀正しく接するだろうから、シオン様みたいに「用でもなけりゃわざわざ貴方の顔など拝みに来ませんよ」なんてツンデレな言葉や文句なんか言いませんよ!
ハクレイさんは「長」と「族長」と両方表記があって(読みはどちらも「おさ」)、後者の方が時期的に後なのですが、前者の方が「おさ」と読みやすいのでこちらを使ってみました。
しかしユズリハはこんなにずけずけものを言うだろうか? もっと長を立ててたような気もするが。
でもシオン様と一緒でちゃんと長を大事に思っているんだよね。
エルシドとユズリハ、この二人って接点ないよね…と思ったけど、あるじゃないかよ! 言葉は交わしてないけどね…。
年はかなり違うけど(二年くらい前なのでこのとき24と15)、この二人は結構気が合うかも、と思った。どっちも無口で似た者同士? もしどこかで共闘するような状況があったら、「戦友」みたいな感じにならないかなあ。
2008年頃に、ひょんなことで車田正美の漫画『聖闘士星矢』にはまる。漫画を読了後、アニメもOVA・TV版・映画版と観て、ギガントマキア・ロストキャンバス・エピソードGなどのスピンオフ作品にまで手を伸ばす。
トータルでの最愛キャラは車田星矢の黄金聖闘士、双子座のサガ(ハーデス編ほぼ限定)なのだが、このところ何故かロストキャンバスの山羊座の黄金聖闘士エルシドにはまっている。全然タイプは違うのだが、格好良さに惚れた。
二次創作は読むことはあっても書くことはないと思っていたのだが(いやかつては読むこともしなかったのだが)、とうとう禁?を破ってこんなことに。
このサイトは二次創作に特化させた「エルシド別館」なので、ロストキャンバスの新刊の感想等はこちらの「本館」のブログのカテゴリー「聖闘士星矢」を参照されたい。
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