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きっとひどい顔をしているに違いない。仮面をしているのは幸いだった。
教皇の間へ上がる前に、腕や聖衣や仮面から、血や汚れはきれいに落とした。
淡々と報告を述べると、教皇はその眉をひそめ、女神は痛ましげに表情を曇らせた。
「ご苦労だったな」
「ゆっくり休んで下さい」
一礼して引き下がる。
重い足取りで磨羯宮まで降りてくると、入り口にエルシドが立っているのが見えた。先程通り過ぎたときは、努めて何でもないように声をかけて通ったつもりだったのに。
「寄っていけ」
エルシドは一言声をかけると、そのまま奥へ向かった。断りそびれてその後に続く。
もうすっかり日が落ちていた。奥の部屋の窓辺に立って、見るともなく外を眺める。裏庭の向こうに聖域の、近隣の村の灯りが微かに見えた。昨夜、同じように高台から振り返ったときのことを思い出す。人の営みの証である、灯火が一切見えなかった村の跡。
エルシドが傍らに立った。
「飲むか」
何かの入ったグラスが差し出された。
「エルシド様…! すみません、こんな…」
「構わん、マニゴルドが勝手に置いていったものだ」
グラスからはつんとアルコールの香りがする。その香りを嗅ぎ、むしり取るように仮面を取ると、口をつけた。口当たりはやわらかいが強そうな酒。一気にのどに流し込む。
エルシドは自分にも酒を注ぎ、飲んだ。心配する言葉も、慰めも言わない。一人の聖闘士として認め、その立場を尊重してくれているから。だがその一見無表情な顔の裏に、先程からの素っ気ないような言葉の中に、自分への気遣いが込められているのが感じられる。
「私、ひどい顔をしています?」
「…ああ」
「まだ修行が足りませんね」
笑おうとして失敗し、顔がくしゃりと歪む。片手で目を覆った。だが涙は出さなかった。
「…知らせが来てから出動するから…いつも最初は間に合わないんですよね…警戒していてもすべての地域を見張っていられるわけじゃない…」つぶやくようにもらす。「なぜ冥闘士は…冥王軍は人々を殺すのでしょう。それもあんなに惨く。すべての命はどうせいずれは尽きて冥界へ向かうのに」
助けられなかった命、救えなかった人々の姿が脳裏にこびりついているかのよう。散らばる手足。一面の血。子どものものも混じった微かなうめき声。
「お前はできることをやったのだろう」
「でも自分ができるのは同じようにやっぱり力で壊すことで。失われたものは戻せません。自分があまりにも無力で」
冥闘士を倒すこと。その汚れ仕事が自分たち聖闘士の務め。それ以上の被害を出させないように。できることはそれだけ。守りたいのに。
横に立っているエルシドに背をもたせかけてその顔を見上げた。そして背伸びしてその唇を求める。しばらくして顔を離すと、ティソナからの積極的な行為に、エルシドが少し驚いた顔をしているのが見えた。ごくわずかな表情の変化。それがわかるようになったのがちょっぴり嬉しい。
「今夜はこちらにいさせていただいていいですか…?」
「ああ」
短いが、打てば響くような肯定の言葉。何も聞かずに。
わかってはいるけど辛いときもある。そんな夜は、一人で過ごしたくはない。
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すごく心配しているけど口には出さない。
すごく辛いけど泣き言は言わない。
お互い、言わないけどちょっとした態度の違いでわかってしまう。そんな関係。
R18どころかR15にすらなっていないところで止めちゃう度胸のなさよ。本当はもっと直接的な台詞を言わせるつもりだったのに逃げた。
「鮮赤の道」とはつながってないし状況も違うけど、辛いときもあるよね、という話。そんな夜は…。
2008年頃に、ひょんなことで車田正美の漫画『聖闘士星矢』にはまる。漫画を読了後、アニメもOVA・TV版・映画版と観て、ギガントマキア・ロストキャンバス・エピソードGなどのスピンオフ作品にまで手を伸ばす。
トータルでの最愛キャラは車田星矢の黄金聖闘士、双子座のサガ(ハーデス編ほぼ限定)なのだが、このところ何故かロストキャンバスの山羊座の黄金聖闘士エルシドにはまっている。全然タイプは違うのだが、格好良さに惚れた。
二次創作は読むことはあっても書くことはないと思っていたのだが(いやかつては読むこともしなかったのだが)、とうとう禁?を破ってこんなことに。
このサイトは二次創作に特化させた「エルシド別館」なので、ロストキャンバスの新刊の感想等はこちらの「本館」のブログのカテゴリー「聖闘士星矢」を参照されたい。
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