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「アスミタさん、何かあったのですか?」
長い金髪を垂らした風変わりな先輩が、今日はやけにじめじめとしたオーラを放っていた。滅多にそんなこと無いのにとちょんと小首を傾げ、あれこれと思い巡らしてみる。……駄目だ、わからない。
アスミタはそんなサーシャの様子を認めると、うすらと目を開き、心ここにあらずといった風に手元の茶器を見つめた。淡い金の睫毛に縁取られた青い瞳を物憂げに伏せる様は、一見するとそこらの女生徒より女性らしく見えてしまう。けれどもサーシャは、彼が容姿以外の面においてまったく女性らしくないことをよく知っていた。
「……お恥ずかしい話なのですがね、」
シジフォスを初めとした一部の生徒、言うなれば「関係者」は、サーシャへ若干へりくだった物の言い方をする。中学校へ入学して丸一年が経とうかという今は流石に慣れてしまったが、それでも時々息苦しさを感じるものだ。
しかし今のアスミタの口調はそうして線を引くようなものではなく、むしろ同世代の内緒話のような響きを持っていたので、サーシャは知らず身を乗り出していた。
「二月十四日の返礼が、まったく音沙汰無く……少々機嫌が悪かったかもしれませぬ、申し訳ない」
そして告白された言葉の後半部分は、サーシャの耳にはほとんど届かなかった。
アスミタが、あのアスミタが。聖域学園の中でもっともそういったことに縁の無さそうな、あの高等部一年の通称『大仏』が。
「……えっ? にがつじゅうよっか、って、バレンタインデーですの?」
「さようです。よい関係ではあったと、思っていたのですが」
念を入れると、いともあっさりと頷かれ、さりげなくのろけも聞かされた気がする。サーシャは年相応の少女らしく、ぱあっと目を輝かせた。
「まあ……アスミタさん、逆チョコしてらしたんですね!」
「──そのようなものです」
今度の問いへの答えは若干歯切れが悪かったが、そんな事は気にも留めない。驚きと興奮に胸躍らせたまま、サーシャはガールズトークのような調子で言葉を継いだ。
「……ねえアスミタさん、聞いてくださる? もうずっと前なんですけどね、私もシジフォスさんにバレンタインのチョコレートをあげたんです。……あっ、日頃お世話になってるからって。そしたらあの人、ホワイトデーにやっぱり音沙汰無しで。忘れちゃったの、って聞いたら──ありがたすぎて、何をお返しにしたらいいのかわからない──なんて言われちゃったんですよ」
「ほう……」
「笑っちゃうでしょう。それから色々あって、普通のお返しくれるようになったんですけど。……だからえっと、何て言うか、まだ落ち込むのは早いと思います」
照れたように微笑んだ少女の言葉に、表情の見えにくいアスミタの相貌がふと愉快そうに緩んだ。
「いい話を聞かせていただきました。貴方とシジフォスに倣うのは流石に難しいが、少し調子に乗ってみましょう」
からかいに似た語調が多分に含まれた言葉に、サーシャはぽっと顔を赤らめた。
*
そろそろ引き上げようかという頃合の空手部室に、ひときわ大きなくしゃみが響いた。部長のアスプロスがさっと顔色を変え、弟に駆け寄る。
「どうしたデフテロス、風邪でもひいたか?」
「……なんでもない」
「今年は長く冷えたからな。こじらせるといけない、ちゃんと暖かくしておけ」
「いや、本当に大丈夫なんだ……」
言った側からもう一つ小さなくしゃみが出て、デフテロスは若干決まり悪げに鼻の頭を掻いた。
いっそ風邪であればいい。嫌な予感に第六感が妙に疼いてくる気がする。今日は奇跡的に兄弟水入らずで帰れそうなのだ、乱入者よ出てくるな。
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「三年生って三月十四日もういなくね……? 一年前の話だとするとサーシャちゃん入学してないし…」とか言っておりましたが、修正版がきました。
年長組のシジフォス、アスプロス、デフテロス、ハスガードは高三。その他の黄金連中は高二。レグルスだけは中二。ティソナ中三、サーシャちゃんは中一。
という設定だったのですが、中高一貫校だったら部長は多分高二がやって(エルシドは高二で部長やってます。高校のみの学校だとクラブの部長は三年生がやるのかもしれないけど)、高三は部に所属はしてても「引退」が普通かと思うので、サーシャちゃんの年齢を引き上げて中二に。シジフォスとの年齢差四。
そしてこの話とこの前の話は「一年前のバレンタインデー&ホワイトデー」として、アスデフが高二、サーシャちゃんは中一のときということに。これならアスプロスがまだ部長なのも通ります。
サーシャちゃんがかわいい。そしてアスデフ兄弟が…暑苦しい。影がなくて幸せだと、君たちちょっとキモイよ。杳馬先生を呼ぶぞー。
2008年頃に、ひょんなことで車田正美の漫画『聖闘士星矢』にはまる。漫画を読了後、アニメもOVA・TV版・映画版と観て、ギガントマキア・ロストキャンバス・エピソードGなどのスピンオフ作品にまで手を伸ばす。
トータルでの最愛キャラは車田星矢の黄金聖闘士、双子座のサガ(ハーデス編ほぼ限定)なのだが、このところ何故かロストキャンバスの山羊座の黄金聖闘士エルシドにはまっている。全然タイプは違うのだが、格好良さに惚れた。
二次創作は読むことはあっても書くことはないと思っていたのだが(いやかつては読むこともしなかったのだが)、とうとう禁?を破ってこんなことに。
このサイトは二次創作に特化させた「エルシド別館」なので、ロストキャンバスの新刊の感想等はこちらの「本館」のブログのカテゴリー「聖闘士星矢」を参照されたい。
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