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「エルシド、来たか」
シジフォスに呼ばれた場所は慰霊堂の裏手。布をかけた何人かの遺体が横たえてある。そこにいるもう一人の人物の姿に少し驚く。
「教皇…」
教皇セージは黙ってうなずく。シジフォスがかがみこんで布をそっとめくる。エルシドは眉を寄せた。その聖闘士たちはひどい有様だった。聖衣はかろうじて形を保っているが、聖衣に覆われていない部分には全身針で刺されたような傷がある。そして何よりもその顔だった。皆恐怖と苦悶に歪んだ顔をしていたのだ。厳しい修行をしてきた聖闘士が、である。
「アテナ様にはあまりお見せしたくなかったのでな…」
教皇はつぶやく。シジフォスも難しい顔をしている。
「怪しい結界のようなものがあるというので調べに行ったらしい。ときどき人が失踪するなど近隣から報告があった」
シジフォスがある場所の名を告げた。
「そこは…」
「ああ、今度俺たちが調べに行く予定にしていた所だ」
ヒュプノスとタナトスの双子神の足跡があると思われる場所。
「たまたま一人が少し遅れて他の者たちに合流しようとして何とか難を逃れたらしい。多少念動力も使える奴だったので遺体を引き出せたらしいが、精神にダメージを受けていて聞き出せたのは場所がやっとだった」シジフォスが顔を曇らせる。「もっと早くに行くべきだったな。何かかなり剣呑なものがあるのはこれで確実になった。今から出られるか」
「無論だ」
「二人とも、気をつけるのだぞ。こんなときに黄金二人を失うわけにはいかんのでな」
教皇が気づかわしげに言った。
「「はっ」」
二人は教皇に礼をとると、出発した。
そこは遠目では普通の街に見えた。だが近づくにつれ、肌が粟立つような空気があたりに立ち込めてくる。
「感じるか…?」シジフォスが声を潜めて尋ねる。
「ああ」
「この街は俺がアテナ様を連れて来るとき逗留した所だ…あの頃はこんなことはなかったのだが」
二人は用心しながら街に近づく。建物は何でもなく見えるが、人間はもちろん生き物の気配が全く感じられない。そして、あるところから先は空気が奇妙に濁って淀んでいるように感じられる。その中に、点々と人間や動物の死体が倒れているのが見える。皆、あの聖闘士たちのように全身針で刺されたような傷があるようだ。
「何かいるのか?」
「あるいは何かあるか、かな」
シジフォスの言葉に、エルシドは剣圧でその淀んだ空気を切り裂いてみる。一瞬、風に吹き払われたように視界がクリアになる。と、そのときこちらの場所を感知したように何かが飛んできた。無数の黒い針のようなもの。エルシドは腕を振るってそれを切り裂いて叩き落す。地面にふれるとそれは跡形もなく消え去った。
「…幻影か?」
「いや、手応えがあった。それに…」エルシドは顔をしかめた。「ふれると肉体だけでなく魂にもダメージが来るぞ」
「何だって」
シジフォスは街の中に目をこらした。
「やはり何かが仕掛けてある感じだな…。もう一度、なるべく奥まで切り裂けるか」
エルシドは無言で右腕を構え、思い切りその「剣」を振るう。金色の光の帯が地面が走る。街の奥まで風が通る。中心にある教会の中で何かが光ったように感じられた。
「あそこか」
二人は飛んでくる攻撃を飛びすさってよけながらうなずきあう。
「ここからだとちょっと届かないおそれがあるな…」シジフォスは弓を出しながらつぶやく。「エルシド、援護を頼めるか」
「わかった」
二人は同時に街の中に飛び込んだ。周りから無数の針が二人をめがけて飛んでくる。エルシドは目にも留まらぬ速さで腕を振るってそれを叩き落としていった。だがそれでもわずかながら体をかするものが残る。
「……ッ」
かすり傷でも恐ろしいまでの攻撃の圧力を体に感じた。恐怖感を煽るすさまじい苦痛。針を叩き落すときにわずかにふれるだけでも思わず立ちすくみたくなるような無力感と絶望感が全身を襲う。こんなもので引き下がると思うな…! エルシドは歯を食いしばって自分とシジフォスに向かって降って来る針を叩き落とし続ける。
シジフォスが立ち止まって弓を構える。一点を狙って矢が放たれ、教会の中に吸い込まれていく。その破魔の矢があたったとき、柔らかな浄化の光がはじけた。光が消えたとき、あたりに立ち込めていた淀んだ気配は拭い去られたように消えていた。
「大丈夫か」
シジフォスは大きく息をついて、膝をついていたエルシドを気づかった。
「ああ、何でもない。すまない、貴方にも少しあたってしまったな」
「いや、全然問題ないよ」
二人とも言葉とは裏腹に、激しい疲労感に襲われていた。肉体的な傷は大したことはなかったが、精神的な負担はかなりのものだったからだ。
「これは死の神のトラップだったな」
「そうだな」
だが何故、そんなものがここにあったのだろうか。答えながらエルシドは疑問に思った。シジフォスは教会の床から何かを拾い上げた。先ほどシジフォスの矢が貫いた一枚の布の切れ端。
「それは…?」
シジフォスは手にした布切れをじっと見つめた。
「これは…アテナ様がここに来たとき、孤児の少女の涙を拭いて、その子にあげた手布だ。それがなぜタナトスのトラップを発動させるものにされていたのか…」
二人はこのときまだ知らなかった。眠りと死の二神がハーデスの行方を探していたこと、今生のアテナはそのハーデスの魂を宿した少年の妹として生まれたため、ハーデスの痕跡を探していた双子神はアテナの痕跡を誤ってとらえ、腹いせに近づくものすべてを絶望と苦しみのうちに殺す罠を置いていったのだった。
シジフォスはタナトスに汚されたその布を、静かに浄化の炎で焼き尽くした。
「さあ、帰ろうか」
「ああ」
聖戦は始まりつつあったが、いまだハーデスの降臨は確認されていない頃のことである。
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タイトルがちょっと暗いですが、内容はそうでもない…と思います。「死」は「タナトス」と読んでも可。
黄金二人が、それもこの二人が行くような「調査」ってどんなんだろう、と考えてみた。
技や防御力が抜群なのはもちろん、白銀や青銅の聖闘士ならやられるような精神攻撃でも、心が鋼のように強靭な黄金さんなら耐えられるよ!的な展開。
二人ともどちらかというと肉体派のパワーファイターで精神技はないけど、心身ともに強いはず。モルペウス相手とかだとやばそうだけど。
シジフォスはアテナ様大事で、アテナ様ゆかりのものならすべて大切にしたいけど、こういうことに使われたものだったらやっぱり燃やすんだよね…というラストです。
シジフォスは一度はきちんと書かなくてはと思っていた。エルシドとは一番絡みのあるキャラなので。
思ったよりエルシドもかすまなくて良かった。エルシドを格好良く書く、が我が家の信条ですから!
うちのシジフォスさんはふだんちょっとアレなときもありますが、それはまあ冗談にしておいてください…
2008年頃に、ひょんなことで車田正美の漫画『聖闘士星矢』にはまる。漫画を読了後、アニメもOVA・TV版・映画版と観て、ギガントマキア・ロストキャンバス・エピソードGなどのスピンオフ作品にまで手を伸ばす。
トータルでの最愛キャラは車田星矢の黄金聖闘士、双子座のサガ(ハーデス編ほぼ限定)なのだが、このところ何故かロストキャンバスの山羊座の黄金聖闘士エルシドにはまっている。全然タイプは違うのだが、格好良さに惚れた。
二次創作は読むことはあっても書くことはないと思っていたのだが(いやかつては読むこともしなかったのだが)、とうとう禁?を破ってこんなことに。
このサイトは二次創作に特化させた「エルシド別館」なので、ロストキャンバスの新刊の感想等はこちらの「本館」のブログのカテゴリー「聖闘士星矢」を参照されたい。
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